巻頭言

Jpn J Radiol Technol 2000; 56(7)
放射線防護と法令改正
粟井 一夫

 周知のごとく,ICRP 1990年勧告の取り入れと,IEC等の国際標準規格の採用を中心とする国際動向への対応,および新しい医療技術への対応を骨子とする放射線安全管理に関する法令改正が行われます.これら新法令は,早ければこの巻頭言が掲載される頃には公布される予定です.IECや新しい医療技術に関係するものは,整備され次第公布と同時に施行,ICRP 1990年勧告関連の法令改正は平成13年 4 月 1 日施行予定という運びで準備が進行中です.
 ICRP 1990年勧告取り入れに関して,今回の法令改正は職業被曝限度と管理区域境界線量限度ともに大幅な規制強化になるとの意見が散見されます.確かに表面的な数値でとらえるとそのとおりかも知れません.しかし,今回の勧告の基本的な考え方は,机上の計算で管理を行うのではなく,実際の日常に即した管理を推進しようとしている点が重要だということです.たとえば,従来の 1 年ごとの管理期間を 5 年としたのも,現場の管理者が実状に即した融通性を持った放射線管理を可能にするためと勧告には記されています.法令は制定される時点で作成の目的が存在します.改正する場合も同様です.今回も,それぞれの意図があっての改正です.本学会員には,それぞれの職場において日常の放射線管理に深くかかわっている方が多くおられます.われわれは法令改正にあたっての基本的な考え方に立ち返り,法令の意図に沿った管理を実践する必要があります.
 とはいうもののIVR実施施設などにおいては,従来50mSv/yであったのが,いくら「いかなる 1 年においても50mSvを超えない」というただし書きがあるとはいえ,5 年間で100mSv,年平均20mSvという実効線量限度のハードルは,管理するものにとって重く厳しい問題です.しかし,法令改正をネガティブにとらえるのではなく,「今回の法令改正は技術学会が今まで培ってきた能力を発揮する場を与えられた」と考えるのはあまりにも楽天的でしょうか.技術学会においては,患者の医療被曝と従事者の職業被曝防護に関して深く研究を進めてきました.今こそ技術学会は,それらの能力を生かし,法令に沿った管理を実践するとともに,法令が不適切な場合は疑義提示することも視野に入れて行動することで,より社会的な評価を得られると確信します.
 ところで,わが国では,ICRP勧告取り入れにあたって放射線審議会の諮問を受けねばなりません.1990年勧告についても放射線審議会の場において審議され,平成 3 年 2 月22日の放射線審議会基本部会第60回会合から検討が始められ,平成 9 年 6 月に放射線審議会基本部会より中間報告(案)が公開され,平成10年 3 月に中間報告,6 月には意見具申がなされるという順序で取り入れ作業が進められてきました.また,会議・議事録等は一般公開を原則とし,一般からの意見募集を行い,当該意見を各部会にて検討し反映すべき意見は採用するという姿勢で情報の公開化と審議の透明化を図っております.前述を繰り返しますが,関係省庁がこのような姿勢をとる以上,今回の法令改正は規制強化になるという意見に対して,われわれは「規制される」のではなく,放射線を「管理する」という立場で物事をとらえていきたいと考えます.
 最後に,法律の専門家が「法律は正義の味方であり,弱者の味方である」と言ったのを聞いたことがありますが,それ以上に「法律はそれを知るものに味方する」という言葉があります.われわれも現場の放射線管理者として法律と仲良くしていくことを考えましょう.小手先で管理するのではなく,問題とがっぷり四つに組む姿勢が必要です.今回の法令改正はその良きチャンスかと思います. (放射線防護分科会長)