巻頭言

Jpn J Radiol Technol 2000; 56(12)
医療事故防止と今後の取り組み
小山 一郎

 マスコミにより医療事故が頻繁に報道されるようになった.われわれ医療関係者は記事をみるたびに身につまされる思いである.それも信じられないような単純な医療ミスで,しかも大病院に多発しているのである.このようななかで,医療事故防止とともに医療全体の質の向上を目指して緊急の院内総点検や,事故防止のための院内体制整備などが進められたが,しかし,再発防止を誓って取り組んでいる最中でも,また医療事故が起きている.
 このようななかで,今年の夏に「看護のヒヤリハット事例の分析結果」が厚生省の研究班から報告された.それによると,転倒事故と内服・注射の事故で60%が占められているという.しかも,そのほとんどがヒューマンエラーに関する要因であり,注射業務の患者確認のあり方は,これまでの人間による確認のみでいいのか考え直さざるを得ないのではないのか,としていることも見逃せないことである.
 今までにまとめられているヒューマンエラーの上位七つをみると,1)注意力が低下していた,2)思い込みがあった,3)スタッフ間の意志疎通が不十分,4)複数で確認しなかった,5)いつものことと過信した,6)確認手順を怠った,7)口頭のみの指示だった,等がある.
 人間なら必ず間違いをおかすし,それをなくすことはできない.ただ問題なのは医療の場合,間違いが人の生命にかかわることである.医療現場において「ヒューマンエラー」をいち早く発見し,くい止めるために必要なのは,病院内に二重・三重の安全網を張り巡らしたシステムであり,その構築を図っているのである.一方,真の防止には,人間の間違いを却下する,あるいは患者情報の共有を可能にするといった機能をもつシステムの構築に,対策の重点を移すべきだとされている.米国では情報技術(IT)を活用したシステムの構築が進んでいるが,日本においてもコンビニ業界の情報管理システムを医療現場に導入する試みが,最近のIT技術を駆使して「医療行為発生時点情報管理システム」(POAS)として国立国際医療センターで開発が進められており,国立大学病院関連の東大病院でも来年度の実施が予定されている.バーコード付きのリストバンドを患者にしてもらい,ホストコンピュータと交信可能な携帯情報端末で,投与する薬剤のバーコードと照合したり診療行為も入力する.情報が一致しないと警告音が鳴る仕組みで,日々の診療行為も克明に記録され,治療効果のデータベースとして蓄積されることになる.これは厚生省の21世紀の厚生科学研究のあり方としても打ち出している「具体的な根拠に基づく医療EBM(evidense based medicine)等の推進と情報技術の活用の推進」に繋がってくる.科学技術立国の二大プロジェクトの推進の一つが「次世代インタ−ネット社会推進計画」であり,二つ目は「次世代医療推進プロジェクト」だと言われている.まさに情報技術が医療を大きく変えていくことになるが,同時に医療こそが科学技術立国としての日本に格好の目標を与えている.
 この目標に向かって,遺伝子・情報・医療・病院経営などの課題に計画的に挑戦することで,技術開発が効率化され,シナジー(相乗)効果も生まれてくるのである.
 私どもの学会ならびに会員には,このような次世代医療推進プロジェクトに研究の方向付けと動機付けをもって積極的に取り組んでいただきたいし,今後の研究に期待する.同時に人間は必ず間違えるものだという前提で,点検し合う体制を機能させることを心掛けて医療の安全性を高めていきたいものである.
(理事)