JSRT 巻頭言 | Jpn. J. Radiol. Technol. 2002; 58(2) |
社会が測ることを必要としている
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熊谷道朝 |
現存する人が作り出した最初の計測器は,物差し(シュメール,およそ紀元前2000年),天秤と分銅(エジプト,紀元前7000年〜5000年),日時計(エジプト,紀元前1500年)である.そのほかにも,天体運動や地表条件の観測に用いられたといわれる,古代エジプト文明のピラミッドや水位計,古代ケルト文明のストーンヘンジなどの遺跡などがある.これら計測器は,農耕の発達や都市の形成など社会の発達とともに必要となり作られたものである.長さ(物差し)は,土地面積を測るために,重さ(天秤と分銅)は,穀物や貨幣を測るために,時間(日時計)は種まき・収穫の時期などを測るために社会が必要とした“測るもの”である. これら社会が必要とした“測るもの”が急速に増えたのは近代に入ってからである.例えば産業革命の花形である蒸気機関では,ピストン,シリンダの寸法,ボイラの圧力,復水器の温度,出力としてのパワーである.これらの“測るもの”は,効率よく蒸気機関を動かすために社会が必要とした“測るもの”である.身の回りを見れば,電気(アンペア,ボルト,電力),照明(カンデラ,ルーメン),音(デシベル)など数え切れないほど社会が必要として登場した“測るもの”がある. 日本放射線技術学会と深いかかわりのある放射線もその一つである.放射線治療では線量「dose」を測ることは“社会が必要とした測るもの”であることは明らかである.英語で線量「dose」は,“〔薬の〕一服;(特に)〔水薬の〕服用量(の 1 回分)”という意味がある.薬の処方を間違えば薬は毒にもなるから秤量は厳密に行わなければいけない.中世ヨーロッパの医薬業界では,1 ポンド=12オンス,商業界では,1 ポンド=16オンスが広く使われるようになり統一が崩れ大きな問題が生じた.そのため医学書には 1 ポンド=16オンスを使用してはいけないことが明記されたり,薬の秤量に使う分銅は公共の場所に保管され 6 年に 1 回,上位基準と比較して校正されていた. 線量計の指示値は校正定数を乗ずることによって正確な値となる.これを行うためにはトレーサビリティの確立が必要である.トレーサビリティとは“計測器が高位の標準器または基準器によって次々と校正され,国家標準につながる経路が確立されていること”をいう.これによって測定器や測定者が異なっても,計測値が一定の精度に保たれ計測値の品質が保証されている. 放射線治療では,線量が足りなければ癌細胞を殺すことができない.逆に線量が過剰であれば癌細胞を殺すことはできても患者の命が危なくなる.そういう理由から,放射線治療に関しては,すでに全国の医療施設における線量計のトレーサビリティが「医療用標準線量研究会」によって確立されている. 診断領域X線では,interventional radiology(IVR)において,確定的放射線障害が発生しテレビ報道されるほど大きな社会問題となっている.このような状況にもかかわらず診断領域X線では,いまだにトレーサビリティが確立されていない.現在,学会では診断領域X線における線量計の校正システムを確立しようという計画がある.しかし,診断領域X線の校正システムができたとしても利用する医療施設がなければトレーサビリティが確立されない. このたびの医療法施行規則改正では,透視の線量制限が設けられたが,この背景には当然,IVRによる確定的放射線障害の影響がある.通常透視に対する規定値は“50mGy/min以下”,高線量率透視に対する規定値は“125mGy/min以下”である.これらの規定値を正しく測定したり,各撮影・IVRごとの被曝線量を正しく測定することで医療現場での適切な放射線管理と防護体系を確立することになる.正しく測定するために診断領域X線のトレーサビリティの確立は急務である.診断領域X線でのトレーサビリティが確立されるかどうかは“社会が必要とした測るもの”であるかという試金石だと思っている.医療被曝の測定が“社会が必要とした測るもの”であることを願っている.そのようになるためにも,計測分科会員,日本放射線技術学会員のご協力をお願いいたします. (計測分科会長) |