JSRT 巻頭言 Jpn. J. Radiol. Technol. 2002; 58(6)
学会として医療事故防止にどう取り組むべきか!
熊谷 孝三 

 1999年 1 月の大学病院での患者取り違え事件を機に医療事故が全国各地で表面化しています.医療事故・医療過誤の問題は,時事問題として大きく取り上げられるようになり,過誤報道は花盛りの感がいたします.これを受け,国や医療関係団体は医療事故防止を目指した具体的な対策に取り組むようになりました.診療放射線部門も例外ではなく,医療事故の回避を目的としたリスクマネジメントの構築が要求されるようになりました.医療事故の原因の大半は,スタッフの技術の未熟さ,知識の修得不足,独善的な姿勢にあると言われています.このことは,医療現場において医療の質が維持されず,正当な診療提供が行われていないことを伺わせるものです.放射線診療は学術的な裏付けに支えられた総合チームで行う作業であり,日々起きる診療ミスは情報を共有してこそ医療事故防止のための良い教訓となり得ます.そのためには,患者の安全こそがもっとも重要であるという意識を共有し,安全意識を育み,医療事故防止のための安全文化の醸成をめざしていかなければなりません.
 ご周知のように労災事故を分析したハインリッヒの法則では, 1 件の重大事故の背景には同種の事故で29件の軽い事故が存在し,その背景にはほとんど無害であった300件の同種の事故が存在していることを報告しています.致命的な医療事故の水面下には,エラーがあっても無害なリスク事例や未然に防止した事例などのインシデント事例が数限りなく存在しています.医療事故防止の第一歩は,エラーの発生要因を検討しなければなりません.そのためには,ヒヤリ・ハット事例から学び,前もって事故を予防していく仕組みを作り上げなければなりません.病院でのヒヤリハットの三大事例は,注射・点滴,転倒・転落,与薬といわれ,全体の60%を占めています.転倒・転落は私たちの診療部門にも大きく関係する事例です.医療事故は一定の確率で起きますが,絶対に犯してはならないミスもあります.
 それでは,医療事故はなぜ繰り返されてきたのでしょうか.それは,医療界が事故の経験を共有財産として生かしてこなったことに原因があります.また,病院は人命にかかわる職種の組織集団であることを認識しながらも,閉鎖的な雰囲気の中で医療事故が発生するシステムの欠陥を見つけて,改善策を提言しなかったことにも問題があります.さらに,医療事故の一つ一つは個人のエラーでありますが,システムのエラーとしてとらえて事故を予防するリスクマネジメントの構築が行われなかったことにも一因があります.今,多くの施設でリスクマネジメントのあり方が問われ,それに関するマニュアルが作成されています.医療事故予防の本質は,マニュアルを作成することではなく,作成したマニュアルを個々の施設や全国的な規模で活用し,医療事故を防止するシステムを作ることであります.最近では,多くの病院に日頃のミスを書き留めるヒヤリノートや手順チエックリストを作るなどの工夫がみられますが,それだけでは十分といい難く,改善策が実を結べるようなチエック体制作りが必要です.
 一方,日本医師会,国立大学医学部附属病院長会議,日本看護協会,日本病院薬剤師会,厚生省などの医療職域団体は,リスクマネジメントに関するガイドラインを作成し,会員に対して医療事故防止を啓蒙しています.本学会では,学術研究班「放射線業務における医療事故防止に関する研究」こそありますが,やはり「放射線診療における医療事故防止のためのガイドライン」の作成やリスクマネジメント部門を学会内に立ち上げ,医療事故防止の情報を会員に発信していく必要があるのではないでしょうか.学会として医療事故防止のためにどのように取り組んでいくかが今後の課題であると考えます.なぜなら,学会として医療事故を予防し,より安全な医療が医療現場に提供されるような取り組みは,医療人や国民共通の願いであるからです.
(理事)