JSRT 巻頭言 | Jpn. J. Radiol. Technol. 2002; 58(11) |
放射線技術科学と教育制度の変革
−専門基礎科目の重要性− |
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松本 満臣 |
現在,日本放射線技術学会が 2 年前に立ち上げた将来構想特別委員会(前越 久委員長)の答申案のまとめが最終段階を迎えている.これまでにも本学会の将来構想については実に内容のある答申がなされているが,今回の将来構想の特徴は「教育制度変革に伴う・・・」と銘打った答申となることである.これは,とりもなおさず本学会の約90%を占めている診療放射線技師教育の教育制度変革を意味している. 全国診療放射線技師教育施設協議会という組織があるが,加盟校の内訳をみると 4 年制大学の比率が増え,その結果として大学院を設置する大学が増えてきた.そして,今年(2002年)の 3 月には最初の放射線技術科学系の博士が誕生した.修士課程は文部科学省の推奨する高度専門職業人の育成が大きな目標となっているが,博士課程はどうであろうか.確かに,職業人としての専門性をさらに高めた超高度専門職業人の育成を目指す大学院構想もあるにはあるが,その構想の全体像はまだ明らかにはなっていない.従来の博士課程の概念では,国家資格の有無やこれまでに学んだ学問領域にとらわれず,研究者を育成するというのが目的である.したがって,例えば工学部や農学部から放射線技術科学分野の博士課程に進学を希望する学生がいるかもしれないし,逆に,修士課程は放射線技術科学分野を修了したが,工学部や理学部・農学部・薬学部・医学部の博士課程に進学するという図式も成り立つ.学会が高い学術レベルを維持するためには,博士号を取得した学会会員の比率が高くなることが求められているが,放射線技術科学分野においても,ようやくその教育制度が整備されつつあるというのが現状である. 学問を大きく基礎科学(基盤科学といってもよいのだが)と応用科学に分けるならば,放射線技術科学も放射線医学もまさに応用科学である.医療における放射線技術科学の発展はまことに目覚ましく,今後もさらに発展の期待が持てる.だからこそ,応用科学としての放射線技術科学が専門性と独自性を持ちながら発展してきたことは事実である. けれども,その時代に脚光を浴びるような放射線医療関連機器の開発と放射線技術科学の発展の歴史をみると基礎科学の知識や技術がベースになっていることは明らかである.例えば,CTやMRIの開発の歴史をみても,医学がこれに関与したのはもちろんであるが,その多くは理工学の知識・技術を基盤にしている. それでは,放射線技術科学がその基盤とする学問は何であろうか.本学会がさらに高いアカデミック・レベルを求めようとすると,従来にも増して,専門基礎分野とされている教育内容の充実が求められるのではないだろうか.これが筆者の考えである.これは単に放射線技術科学に限ったことではなく,国立大学でいう医学部保健学科に含まれるすべての職種に当てはまる.筆者は,看護学をはじめとする保健学(または保健科学)は21世紀中,恐らくその前半には医学と肩を並べる巨大学問分野を形成すると考えている.理由は,21世紀のキーワードである「保健・医療・福祉」を包括するのが保健学(または保健科学)だと理解していることによる.そのためには,医学でいう基礎医学のような基盤となる学問分野を保健学のそれぞれの領域について構築することが必須ではなかろうか. やや乱暴な言い方かもしれないが,応用科学はこれまでの常識をくつがえす技術や方法が登場すると,新しい常識を作り直すことが必要となる.その場合に重要なことは,専門基礎の知識と技術に一度立ち返ることである.専門基礎の勉強をしなおして,また再び専門分野で新たな展開が開けるのだと考えている. 一つだけ例を挙げてみたい.CTが臨床現場に登場した頃には,欧米でも日本でも横断解剖のモノグラフがたくさん出版された.CTの読影において形態学としての詳細な横断解剖の知識が不可欠となったからである.われわれの時代の放射線科医は横断解剖学のモノグラフを買い求めて勉強したものである.そして学会発表を聞き,論文を読んで勉強した.さらに,筆者が以前に所属していた大学では,まことに幸いなことに,外科医などの要望に応えて手術の腕を磨くために,人体解剖学実習をもう一度体験できるプログラムが解剖学講座で用意されていた.肝臓外科の医師は肝臓の解剖学実習を,脳外科の医師は脳の解剖学実習を,画像診断医はCT診断に必要な解剖学実習をと,それぞれの専門領域について貴重な屍体を利用させてもらって局所解剖学を勉強することができた.これで得た知識は実際のCTの読影にどれほど役立ったか分からない.このような地道な専門基礎分野の研鑽こそが精度の高い画像の解釈・診断に大きく寄与しているのである.そこで得た知識はその後のMRIについても同じように役立っている.このような例は枚挙に暇がない. もとに戻るが,診療放射線技師教育では,専門基礎分野には理工学と医学の基礎が盛り込まれている.逆をいうなら,理工学と医学の基礎を両方とも学べる学部は他にはない.理工学的発想と医学的発想を生かせるのが診療放射線技師だと思っている.この教育課程こそが診療放射線技師の基盤となる学問領域だと思っている. たまたま平成13年度から施行された指定規則の改正に関する委員会に関与する機会があったが,他職種の指定規則と比べると専門基礎分野の単位数が多くなっている.このことは,診療放射線技師教育において,専門分野の基盤となる専門基礎科目の重要性が再認識されたにほかならない.一方,診療放射線技師の国家試験では,保健医療職としての資格試験であるという観点から,より実学的な応用科学の部類に属する専門分野に重点が置かれるのは仕方のないことであろう.この点は医師国家試験でも同様である.放射線技術科学の教育制度が整備されつつある現状を踏まえて,診療放射線技師が中心となって盛り上げるべき日本放射線技術学会の将来と関連付けて考えるとき,専門基礎教育のあり方は従来にも増して重要な検討課題となるように思われてならない. 診療放射線技師教育に携わるようになって,一貫して筆者の脳裏にあったのが専門基礎科目の教育の重要性である.教育する側にいる者の一人として,専門基礎科目の教育がどうあるべきかが問われているように思われる. (理事) |