JSRT 巻頭言 Jpn. J. Radiol. Technol. 2005; 61(12)
“Simple is Best”をめざして!!
大西英雄 

 つい最近の新聞に,「月の反射鏡」の話が載っていました.この月の反射鏡とは1969年 7 月,アメリカのアポロ11号が月面に軟着陸したときに残してきた一辺が45センチほどの正方形にガラス球状のものが100個埋め込まれた特殊なものだそうです.普通の鏡であれば入射光が垂直に鏡に入射する場合にのみ同じ方向には反射するのですが,この反射鏡は「コーナーキューブ」と呼ばれ,入射した光を内部で何回か反射させて,正確に入ってきた方向に反射させる機能を持っています.これに地球上からレーザー光を当てて,そのレーザー光が跳ね返ってくる時間を正確に測定して地球と月との距離を高精度で観測する「月レーザー測距」が今も続いているそうです.35年たった今も現役で稼動しているほど長寿命なのは,電源も不要で駆動部分がなく構造がシンプルであることと,大気のない月では,風も吹かないし遠くから隕石でも落ちない限り反射鏡を曇らすチリも舞い上がらないからです.またこの「月レーザー測距」には,一般相対性理論の検証という別の重要な目的があるのです.この理論は重力の性質を説明し,月の軌道を計算することが可能であるが,これまで地球と月との距離が38万キロに対して誤差が 2 センチの精度では,理論の正しさが証明されており,この精度を用いて「一般相対性理論の破れ」が発見されると期待されているそうです.
 上記の記事を読んだとき,私は構造が簡単であれば壊れにくく,かつその精度は永続的であることを再認識しました.最近の制度および機構に至るまで非常に複雑で,多機能を追求する余り,特に必要でない部分が余りにも多くの事柄が付加され機動性に欠けてきています.また,多目的や利便性を考慮しすぎてこれもまた機動力に欠ける要因になっています.日本人気質が表れているとでもいうのでしょうか,なんでもかんでも一つの物に入れ込もうとするので,医用装置一つとっても国産はいろいろな機能がついていて,かつ操作性が非常に悪い.一方,外国製の装置では機能はあまりないが操作性には非常に優れています.やはり“Simple is Best”の思想が延々と続いているように感じられます.
 今,本学会が作ろうとしている「スーパーテクノロジスト構想」にまさにこのような単純で永続的システム作りが要求されていると思います.数年先を見据えた制度作り,どこから見ても単純で明解なシステムこそが必要だと感じております.多くの学会や団体が専門性を高め付加価値をつけ社会に役立つ医療人育成を行おうとしていますが,同じ放射線関連でも分野や専門が大きく異なりそれぞれの分野で専門家が必要とされています.特にこれからの放射線科学,放射線技術は臨床を見据えた学問であり,技術でなければなりません.そこで他の学術団体には見られない多分野に及ぶ職種,人材が豊富に集まっているからこそ,技術学会ならではの人材育成が可能になるのではないでしょうか.診療放射線技師教育も,専修学校に始まって,短大,4 年制大学,大学院(修士,博士)と高学歴化が進んでいる現在において,今からが本当の意味での高等教育の上に成り立つ放射線科学,放射線技術の躍進の時代だと思います.
 EBM(evidence based medicine)が盛んに叫ばれている現在,evidenceに基づく検査や治療が当然必要になってきます.その場合単に認定専門技術者だけでなく,医師のほかにも検査法や理論・臨床技術に精通した「スーパーテクノロジスト」が必要不可欠になってくると思います.臨床現場では,このような人材,特に医師にアドバイスやアイデアを提供できる人材が今後必要になってくると考えます.その分野,その地位の確保が今後とも放射線技術者に求められる大きな課題の一つになるのではないでしょうか.(核医学分科会長)